思いを重ねる

40代は人生の中盤戦

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中学受験 小学3年生でかかる費用

中学受験 小学3年生でかかる費用

 

長男は小学3年生の4月から全国展開の進学塾に通い出しました。

それまでの習い事は学研(幼児期は公文)、ピアノ、スイミング、体操、剣道。

入塾テストがありましたが、それほど厳しい審査ではなかったようでいよいよ進学塾の生活が始まりました。

 

 

いざ塾が始まると、まずは算数の量と質でさっそく躓きました。
4月~7月くらいまでは宿題に3時間ほどかかり、それはそれは大変で親が先に投げ出してしまうくらいの感じでした。

それでも3ヶ月ほど過ぎると次第に塾のペースに慣れ、1ヶ月ですぐに新しい問題に変わりますが段階を踏みながら頭の中で消化もできるようになり、夏の夏期講習が終わる頃には成績も真ん中程度に安定してきました。

 

愛知県では小学4年生から中学受験の塾に通うのがポピュラーなのですが、早生まれの長男なので1年でも早く始めないと追いつけなくなると思い入塾させましたが、本当によかったと感じています。

塾の勉強内容は、3年生も4年生もそれほどの差はありません。
そして3年生で入塾しても4年生で入塾しても最初は必ず躓き、苦労するようです。
学校での成績が良くても受験の勉強内容は学校の内容からかけ離れているためです。

 

 

さて、塾の月々の授業料は国語と算数の2教科(週1)、パズル道場と速習ゼミ(週1)で合わせて3万円ほどになります。

塾が始まることによって時間的に通えなくなる習い事を整理した結果、習い続けるのは塾のほかにピアノ、スイミング。
そして長男がどうしてもやりたいと言うのでサッカー、字が汚いので習字、更には児童館で始まった英語教室が増え、長男にかかる教育費は約5万円ほどになりました。

5年生にもなれば塾以外の習い事は終了する予定なので、国語算数理科社会の4教科で5万円ほどの授業料と思っています。



公文と学研の違い

公文と学研の違い

 

長男は保育園の年中から公文に通い出しました。
早生まれ(3月生まれ)なので、4歳の誕生日を過ぎてすぐに通うことになりました。

夫婦共々、それほど教育に熱心な家庭で育ったわけではないのですが、いわゆる早期教育に乗り出したのはやはり長男の早生まれが原因の一つになります。

保育園でも体格は1年間でだいぶ追いつきましたが、やはり情緒面、言葉、運動など1年近くの生まれ月の差はなかなか埋まりません。

 

 

公文教室 最初は楽しい

 

年中ということもあり、まずは机に向かうということが第一歩になります。
難しいことなど一切なく、線を引いたり、迷路などで楽しく机に向かって勉強?していました。

保育園や幼稚園の雰囲気とは異なり、教室では小学生が多くシーンとしています。
保育園でやりたい放題していた長男なので少し心配でしたが、周りの雰囲気に飲み込まれ教室内ではしっかりやっていました。

また、このような雰囲気の中で学ぶことにも意義があると感じていました。

 

 

だんだん大変

机に向かうための遊び的な教材が終わると、いよいよ本格的に国語、算数が始まりました。

私の年代(1970年代生まれ)のイメージでは、公文=算数なのですが、近年では国語の方が重要視されているようで、
先生に薦められるがまま国語と算数の2教科でスタートしました。

国語が大切というのにいまいちピンと来ないのですが、算数も含め、他の教科では文章の読解力も重要で、国語はすべての基礎になるとのこと。

このことは長男が3年生から通いだした進学塾でも同じことを言われたとともに、
進学塾の考え方では、3年生から6年生までしっかり国語を学習しておくと大学受験でも通用する知識になるとの事でした。

 

さて、公文はなんせ宿題が多いのが特徴です。
また、教室でもプリントのノルマ数をやりきらないと帰らせてもらえないなどなかなかハードです。

長男は教室でのノルマはそこそこの時間でこなすことができたのですが、宿題が3時間ほどかかっていました。
まずは宿題の枚数に圧倒されて机に向かうまでに時間がかかり、やってもやっても終わらない苛立ちからか手が止まってしまいます。
親としてもずっと横でみているのも大変で、時には怒ってしまったりしながらなんとか宿題を終わらせます。

 

なんだかんだで1年間近く通い、算数も国語も多少の先取りは出来たものの、家庭のリズムを狂わすほどの宿題量にはなかなか慣れません。

そして丁度この頃、妻の父親が体調を崩したり、次男が生まれたことも相重なり、このまま公文を続けることが困難になってきました。

 

 

公文から学研へ

 

年中から始めた公文ですが、結果的には1年半で学研に変わることになりました。
宿題が多く、常に先へ先へと進むため親の負担が増えたこと、そして下の弟に手がかかり始めたこと、さらには引越しも相まっての決断でした。

 

学研の基本方針は学校の授業からあまり先取りをしないとの事で、内容も宿題も一気にレベルダウンしました。
教室で1時間、宿題は10分程度で終わるような量。

公文では常に時間に追われていたため字が汚かった長男ですが、時間にゆとりができたために丁寧な字を心がけるよう指導してもらい、学習と合わせてややのんびりしたペースになりま

した。

 

学研は結局小学2年生の終りまで続けることができ、熱心に指導していただいた先生方には感謝の気持ちしかありません。

 

 

いざ進学塾へ

学研が終わると同時に中学受験の進学塾に入塾しました。
最初の3ヶ月ほどは学研のぬるま湯に浸かっていたことを後悔しましたが、公文と学研によって培われた基礎学力はとても役に立ちました。

3年生の現段階では計算力、漢字が確実にできていれば大丈夫なので、当然ながら学研や学校の内容とはかけ離れたレベルの内容ですが半年ほどたつと進学塾のペースにも慣れてきまし

た。

もちろん、進学塾のトップの子たちは公文は3学年飛ばし等の子ばかりですが、なんとか追いついてきました。

公文と学研、それぞれに良し悪しがあり、また地域や教室の先生によって多少の方針が違いますので両方試すのもアリかなと思っております。



インフルエンザ2017

2017年は夏が短くあっという間に寒い季節になってきました。

寒くなってくると気をつけなければならないのが子供の病気、そして子供の病気は親にもうつる可能性大なので毎年気をつけています。

11月中旬、先陣を切って長男小学三年がインフルエンザAを発症しました。
習い事のスイミングが終わり迎えに行くと、なにやら顔色の悪い長男がブルブル震えて座っていました。
「何かあった?」と聞くと体調が悪いとの返答。

家に着くと寒い寒いと言い出し、熱がどんどん上がっていく。
こ、これは、、、。

 

もう少し寒くなると真っ先にインフルエンザを疑うのですが、まだこの時期流行しているとの情報もなかったので、とりあえず病院へ。

 

インフルは最新の機械でも発熱後6時間ほど経過しないと検査結果が出ないので、この日はとりあえず解熱剤のみの処方。

夜中も何度も苦しそうな声をだしながら耐える長男、毎回ながら病気のときは家庭全体つらい思いをします。

次の日の朝、当然ながら高熱のままの長男を連れて小児科へ。
結果はインフルエンザA型。

併設している薬局で抗インフルエンザ薬のイナビルを吸い込み、多少気持ち的に楽になった長男とともに帰宅。
解熱鎮痛剤カロナールを飲ませると楽になったのかスヤスヤ眠りました。

と、ここまでは何度か経験していることなので、もちろん心配で大変なのですが2日ほど経つと暇を持て余し始めるくらい元気になるのでOKです。

 

 

しかししかし、今回は私も発症してしまいました。

 

長男を病院に連れて行った次の日の午後、急な悪寒とともに発熱。
体もしんどかったですが、長男の病気のために仕事をセーブしていたので溜まっている仕事が気になります。

とりあえず熱が上がるのを耐えながら病院へGO。
高熱でフラフラになりながらも、妻は長男と次男の面倒があるので一人で病院へ。

不幸中の幸いか、すぐにインフルエンザA型の結果がでたのでイナビルを吸い込み、解熱剤を飲んで一晩ぐっすり眠りました。

 

イナビルのおかげでウィルスの増加が抑制されているので、あとは熱が上がればカロナール。
そして熱さえ下がれば動けるので、会社に連絡を取りながらできる仕事をとにかくこなしていきました。

多少楽になったとはいえインフルエンザはやはりしんどいもので、仕事をして頭と体を動かすと疲れ方が尋常でない。
そんなこんなな日々をだましだまし送りながらも5日後にはすっかり元気になりました。

 

 

今回、長男が発熱で苦しんでいるときになかなか病院へ行こうとしなかった自分がいました。

理由は日曜日で小児科が休診のため救急になること、そしてインフルなら発熱してすぐに行っても何も処方されないと知っていたからです。
案の定、診てくれた医師は小児科専門でなく若い研修医。
そして対応も明日にでも小児科に行って診て貰って下さいとの事。

もちろん、解熱剤が処方されるので少しは楽になるのですが、いつも二度手間になってしまいます。

 

しかし、悪寒を伴う急激な発熱は本人にとってとてもツライので、やはり病院に行って安心させるのも大事だなと思います。



プチ修学旅行 奈良公園

プチ修学旅行 奈良公園

 

長男が3年生の秋に奈良県の奈良公園へ行きました。

少し前に「ちびまる子ちゃん」でぶー太郎が鎌倉の大仏に行った回があって、それを見ていた長男が大仏を見たいと言ったため、紅葉も兼ねて奈良の大仏を見に行きました。

 

愛知県では通常、小学6年生の修学旅行で京都・奈良に行きます。

私も小学6年生で初めて奈良に行ったことを覚えていますが、たいして勉強していなかった自分にとって修学旅行はただのお遊びというか、友達との楽しい旅行というだけで全く観光場所に興味がありませんでした。
もちろんそれはそれで楽しい思い出なのですが、今思うと中学受験したクラスメートはすべてに興味津々で、まさしく修学旅行を楽しんでいました。

 

そんな自分の反省も込めて、長男には早い時期から歴史や地理に興味を持ってもらえればなという思いもあり奈良公園へ行くことを決めました。

 

行く前の準備としてこの本を用意しました。

定価は3000円!もちろん図書館で借りてきました。

楽しみにしてくれたのか、勉強の合間合間にちょこちょこ読んだみたいで、大仏や奈良公園の鹿に興味を持ち、ついでに聖武天皇の名前も覚えていました。

 

前日からとても楽しみにしていたのですが、次男が夜中に高熱を出してしまい、夜中看病するとともに奈良に行けないことも覚悟しました。
季節的にインフルエンザの可能性もあったのですが、朝には熱が下がり、元気いっぱいではないものの行けると言ったので予定出発時間の7時から大幅に遅れつつも出発。

 

約2時間ほどで奈良公園に到着。
ここまでは順調でしたが、予想通り駐車場探しに時間がかかり、なんとか個人の駐車場が見つかりいざ奈良公園へ。

 

30年ぶりに訪れた奈良公園。はっきり言って全く覚えておらず、鹿がいた、大仏がでかかった。くらいの思い出です。

とはいえ自分達の意思で訪れた奈良公園はとても魅力的で、若草山の風景に鹿、大仏殿の荘厳さ。紅葉も相まって一大観光スポットだなあとつくづく感じました。

子ども達も普段は遊具で遊ぶの好きなのですが、まずは鹿に魅了され、そして大仏に圧倒されと、一日楽しんでいました。

 

修学旅行の前に奈良に行っておく、子供には早い段階で社会見学に興味を持たす。
実は少し前に進学塾の先生から社会科の始まる3年生にプチ修学旅行に行って下さいと言われていました。
行き先について本で調べ、現地で体感し、楽しかったと思わすことができれば社会の力が一気につくと。

 

今回のような刺激を子どもに与え、また親自身も懐かしみながら楽しむことが出来る。
素敵なプチ修学旅行、奈良公園に感謝感謝です。



住宅購入失敗記

住宅購入失敗記1 憧れの一戸建て住宅

 

夢のマイホーム・・

賃貸住宅から一戸建てに引越しをすると、最初はその広さに感動します。

私たちも、賃貸のリビングが約12畳だったため一戸建てのリビング約18畳の広さには感激しました。

 

台所も広く、キッチンも横に長い、憧れのカウンターキッチンに大きなテーブル、大きなソファーに大きな液晶テレビ。

 

広いリビングに豊富な部屋数。

間取りとしては一階にリビングと和室、2階に洋室3部屋です。

 

二人で暮らすぶんには一階だけで充分で、赤ちゃんが生まれた後もしばらくは一階だけで充分生活できました。

まさしく一生ものの買い物であったと満足していました。

 

家の中は合計で約100m2あり、駐車は2台(詰めれば3台)、ちょっとした庭スペースも確保でき、一般的な家庭ならば充分な広さといえます。

単純に家だけみれば、やや不動産全体が割高な時期であったことと金利もやや高めの時期だったことを除けば決して購入したことを後悔することはありませんでした。

 

住宅購入失敗記2 6軒並びの配置

 

家自体に不満はなかったものの(もちろんもっと広い家に住みたいという願望はありました)、「購入失敗記」と題するくらい購入したことを後悔した理由としては、隣人関係と家の配置によるものが大きかったです。

まず、私たちの購入した家の配置は下記のようになります。

 

6軒の建物のうち、B、D(私たち)、E、Fがほぼ同時期に売れて、住み始めたのもほぼ同じ時期になりました。

4軒ともほぼ同世代で小さな子供がいる世帯で、運命共同体というわけではないのですが、お互いが仲良くしなくてはならないという意識が強く、また、皆が新築の戸建に引越したばかりで浮かれていたのも相まって、家族間の距離感は近づきすぎるほど近くなっていきました。

このうちBの世帯だけは、次第にD,E、Fの中に無理に入ってくることなく適度な距離感を保つようになります。

 

やがて、売れ残っていたA、Cも値下げしたことにより売れ、6軒の家庭が一つの船の上に乗るようなイメージで住み始めました。

 

住宅購入失敗記3 バーベキュー

私たちが住み始めた頃から半年後の春に、E家族の呼びかけでD、E、Fの3家族がEの庭にてバーベキューをしました。

この3家族の距離感はすでに近くなっており、暖かくなってきたこともあり、もっと親睦を深めるためのバーベキューでした。

 

新築で浮かれている家族たちにとって、仲良く近所付き合いができるのはとても楽しいことであり、自分たちの庭でバーベキューが楽しめるのはとても幸せなことと思いました。

 

このときのバーベキューはとても楽しいものでしたが、一般常識からいえば庭でのバーベキューは近所迷惑以外のなにものでもありません。

煙はもちろんのこと、火を出す危険性、そして一番迷惑なのは大人たちや子どもたちの大きな声ではないでしょうか。

 

バーベキューをしている当人たちは全くといっていいほど、このことに気付いていません。自分の庭でバーベキューができて幸せだと思っています。

 

当然ながら当時の私にも庭先でのバーベキューが非常識という意識はなく、一生の近所付き合いを大切にしていきたいことを考え親睦を深めていきました。

 

その後、3家族でのバーベキューはこれ一回きりで、その後はE家族が単独もしくはE家族の友達で、Eの庭にて頻繁にバーベキューをすることになっていきました。

 

お互いに仲の良い状態のときに、近所の各家族が単独でバーベキューをやることは、それほど迷惑であるとは思いませんが、少しだけお互いに嫌悪感を抱いている状態の場合、その家族がバーベキューをすることは嫌悪感を増長させます。

嫌悪感を抱いている家族(特に大人)の声は騒音以外の何ものでもありません。

特に家同士が近い距離に建っている地域でのバーベキューは本当に迷惑であり、周りの人間は快く思わないため控えたほうがいいと思いました。

 

 

住宅購入失敗記4 車のトラブル

バーベキューをしたり、一緒に飲みに行ったりと、隣家、近所というだけで急速に距離感が縮まっていた私たちですが、私たちとE家との関係にヒビが入りはじめました。

 

これは私見ですが、こうした価格帯の同じ建売住宅を購入すると、深層心理でライバル意識が芽生えるケースが多々あるように思えます。

 

例えばレジャーであったり、洋服であったり、子どもの習い事、車の車種などなど、お互いに自分の家の方が上でありたいという見えない意識が芽生えはじめ、そこから少しずつ関係が悪化していきます。

それらは、ちょっとした会話の中から相手に伝わり、表面には現れませんが徐々に煙たい存在に変わっていくような気がします。

 

 

建売住宅の多くは家と駐車場のみで、決して見栄えが良いとはいえません。

私たちの購入した物件も殺風景であったため、皆それぞれが木を植えたりしながらそれぞれの家をよりよいものへ発展させていきました。

私たちもカーポートや花壇、フェンスなど諸々追加していき、そして6軒のなかで最も大型のミニバンを購入しました。

 

そんなある日、E家の妻から私の妻にメールで苦情がきました。「車が飛び出ている」と。

 

 

確かに少し前に出ていましたが、公道側のA、B、Cも飛び出ているときがたまにありましたし、前の車のときも多少飛び出していたときがありました。

 

メールだから言いやすかったのかもしれませんが、正直あまり気持ちのいいものではなく、いつもいつも猛スピードで一日に何回も車の出し入れをしているE家に対して少し嫌悪感を抱いていた私たちからすると、車が飛び出ているのはもちろん悪いのですが、心のどこかで腑に落ちない部分がありました。

 

これが隣家の苦情第一号となりました。

 

住宅購入失敗記5 木の枝トラブル

車の飛び出しトラブルから約半年後、まだまだE家との関係はそれほど悪化していなかったのですが、苦情第二号がきました。

原因は我家の木の枝がE家にはみ出していること。

 

木のトラブルは調べて見ると世間では多く見受けられます。当然ながら、はみ出す家が悪いと思います。

 

ですが、私たちの間では少し事情がありました。

 

まず、下図が私たちとE家の間取り詳細です。

 

 

当時、建売の低いフェンスがあっただけだったので、フェンスをつけるとE家に話したところ、半分お金を出すから玄関前までフェンスをつけよう、そして玄関前のフェンスに傘やタオルをかけさせてね、という流れになりました。(上記図の上の部分がE家負担のフェンス)

 

今思えば自分の敷地内、しかも境界線に隣家の金銭による構造物を建てるなんてありえませんが(所有権の問題もある)、無知だった私たちは断るのもアレなのでE家の知り合い業者にてフェンスをつけることになりました。

 

そこそこの金額でいざフェンスが出来上がると、私たちの望みからはずいぶんとかけ離れたものが出来上がりました。

そもそも、フェンスをつける理由は目隠しのためであるのに、大人の胸ほどの高さのフェンスに仕上がってきました。(微妙にオシャレなのも気に入らなかった)

 

E家と業者には目線が隠れる高さにしたいと最初に伝えてあったのに、業者の都合なのか金銭的なことでこの高さになってしまったのかわかりませんが、私たちにとっては無意味なフェンスが出来上がりました。

 

E家や業者に文句を言うことができず、その後目隠しのために植栽を開始することにしました。

 

花壇を作り、造園屋に頼んだのでまたまた出費が重なりました。

 

そんな経緯もあって境界線に近い場所に木を植えたわけですが、狭い場所に木を植えるとメンテナンスが行き届きません。

そして木の枝がわずかに飛び出して苦情を受けるはめになりました。

 

その後は大変ながらも気をつけながらメンテナンスを心がけました。

 

 

住宅購入失敗記6 音のトラブル

木の枝トラブルから約半年後、息子が2歳半になった頃、床の音がうるさいと苦情がきました。

E家はどう思っていたかわかりませんが、この頃すでに私たちはE家と距離を置いていました。

車、木の枝トラブル以来、E家に対する感情は嫌悪感しかありませんでした。

そもそも建売住宅は隣家同士の距離が近いため、いろいろと我慢することが多々あります。

 

私たちにとってE家は騒音一家であり、公道よりも子供の飛び出しに気をつけなければならない程の危険走行人物になっていました。

 

とにかくE家は一日に十回近く出入りする家庭で、性格もせっかちであるために猛スピードで出入りします。

おまけに車のドアの音、降りてからの大声、ドアの音と、私たちにとってストレスの溜まる一家でした。

 

そんなE家からの音に関する苦情、そして、そもそも一軒家で床の音が隣家に響くなんて認識がなく(実際には聞こえます)、想定外の苦情でした。

音に関して我慢の連続であった私たちにとって、E家からのこの苦情は許しがたいものでした。

床の音は息子がテレビを見ながら踊っていたことが原因なのですが、この苦情により完全にE家のことが嫌いになりました。

 

住宅購入失敗記7 落ち葉のトラブル

大嫌いな一家が隣にいるのは本当にストレスが溜まります。

建売で距離が近いために常に存在感があり、その存在や音、声などのすべてに対してストレスを感じざるを得なくなります。

それでも一戸建てでの子育てを楽しみながら日々暮らしていたのですが、木の枝トラブルから約一年後の秋、落ち葉に対する苦情がきました。

 

木の枝ばかり気にしていたのですが、まさか落ち葉が隣家に落ちるなんて思ってもいなかったのですが、秋から初冬にかけての強風によって落ちていたようです。

大量の落ち葉によるトラブルはよくありますが、微量の落ち葉による苦情は隣家との関係性を物語っているかのようでした。

 

この苦情の解決方法は、木よりも高いフェンスをつける事。

不幸中の幸いなのか、このクレームによって私たちの念願でもあった目隠しフェンスを増設することができ、落ち葉が隣家に落ちることがなくなったと同時に、E家の姿を必要以上に見なくてすむようになりました。

フェンスの出費は我家の家計に大きな出費になりましたが、前々からフェンスを増設したいと思っており、フェンスを高くすることによってE家が圧迫感や採光による苦情を出してくると思っていたため単独での増設が出来ませんでした。

今回の落ち葉対策として隣家の了承のもとに増設したので、多少ストレスが軽減されました。

 

住宅購入失敗記8 衣食住

 

落ち葉のクレーム処理後は特にE家と接する機会もなく、ただただ毎日が過ぎていたわけですが、人間にとって衣食住はとても大切なことです。

そのうちの「住」に関して事あるごとに神経を使うとなると、人生そのものが色を失うかのような感覚になります。

E家からのクレームがないのは我家が気を付けているからであり、例えば常に子供の音を気にしたり、来客時の車の出し入れに必要以上に気をつけたり、まめに樹木の手入れをしたりと、当たり前のことかもしれませんが神経を使ってしまいます。

そしてそのような努力も虚しく、E家はあいかわらずドアの音がうるさい、車の出し入れがうるさく危険、外での会話がうるさいなど、私たちにとってストレスの対象であることに変わりありません。

これは双方の感覚なので、E家も我家に対して何らかのストレスが残っているのでしょうし、住宅の配置というのはとても大切であると痛感せざるを得ませんでした。

 

住宅購入失敗記9 サヨナラ隣家

少し時間軸が変わるのですが、次の住宅の売却契約を結び、引越しの日取りが決まったあとのことになります。

引越しの日取りが決まったため、挨拶周りをしました。

家を購入したら一生住むのが普通であるため、周りからはいろいろな反応がありました。

F家は私たちとE家の関係を知っていたとともに、F家もE家に対して決して良い感情を抱いていなかったため、同情と羨望の入り混じった感覚といった感じでした。

A、B、C家、そして町内会などで知り合った近所の方々に関しては、突然の話であったためにただただ驚くばかり。当然ながら住み替えの背景にある金銭面に興味深々といったところでした。

さて、問題のE家。

E家にとっても我家の引越しは突然のことであり、最初はただただ驚くばかり。

久しぶりにE家の玄関から我家を見ると、なんともいえない圧迫感があり、E家のストレスもわからなくありませんでした。

毎日玄関から出ると我家の壁と窓。狭い縦列の駐車場で車を入れ替える日々。

話を聞くと、E家もこの建売の狭さに嫌気がさしていたようで、引越しを検討したことがあったのですが、住み替えできるほどの資金力がなかったため断念したようです。

もしE家が引越ししていたならば、我家は引越すことなく経済的に非常に楽な生活をすることができたなあと思いながらも、見えない檻のような6軒並びの建売住宅から開放される喜びをかみしめました。



分譲住宅購入記

分譲住宅購入記1 購入金額を決める

 

私が初めてマイホームを手に入れたのは2008年のことです。
結婚したのは平均よりもやや遅い31歳の時、妻は29歳でした。

 

当時の私たち夫婦は共働きで賃貸マンション暮らし、子供もいないため、自由に使える金額は多く旅行や外食に散財していました。

そんな私たちも「いよいよ子供を」と思い始めた頃から漠然とマイホームについて考えだしました。

 

当時は愛知県の名古屋市内にて2LDKの賃貸マンション暮らし、家賃は駐車場込みで8万円。
共働きの収入は手取りで45万円程度あったため、生活そのものには余裕がありました。

 

当然ながら子供が出来ると妻の収入は期待できなくなるため、住宅ローンの月々の支払いは私の給与の範囲内で考えなければなりません。

当時の私の年収は約400万、月々の手取りは約25万であるため、やはり住宅ローンの支払いは8万円くらいに抑えたいと考えていました。

この支払額から逆算すると住宅ローンの借入れ総額は2500万円くらいが妥当であり、頭金として用意できるのは双方の両親からの援助も含めて約500万円ほど。
住宅の総額として3000万円程度の物件が最適であると判断し、大まかに3000万円前後の物件を探すことに決めました。

 

 

分譲住宅購入記2 中古マンションD不動産物件1

 

当時、周りの友人や知り合いのほとんどが分譲マンション暮らしであったため、私も購入するならばマンションと考えておりました。

ですが当時の新築分譲マンションは高級感を前面に出し、価格も4000万~5000万前後と東海地区としては高額な物件が多くちょっと手が出ない状況でした。

そのため、まず一番最初に内覧へ行ったのがD不動産の中古マンションでした。

 

D不動産は東海地区では高級ブランドとして認知されているラ○オン○マンションの中古を豊富に扱っており、価格帯も私たちにぴったりであったためインターネットで予約の段取りをし、いざ現場へ。

 

マンションに着き現場を案内してもらうと今までが普通の賃貸マンションだったので、まずはエントランスの広さと豪華さにビックリ。

部屋は平面で75m2あるので広いのですが、低層階のためにベランダの前には民家が広がり、見晴らしはあまりよくありません。

 

物件概要としては、7階建ての3階部、3LDKで75m2、築5年、価格は2380万円です。

名古屋市内の中古マンションとしてはややお値打ちな部類ですが、最寄の駅から徒歩20分弱と遠いことから妥当な金額であると判断できました。
一通り部屋を見学し、営業マンの説明を受けながらその場でざっと計算してもらった所、

住宅ローン :78,000/月(頭金なし)
管理費    :12,000/月
修繕積立費 :12,000/月
駐車場   :10,000/月
固定資産税 :9,000/月

月々の支払いは、ざっと約12万。

住宅ローンの支払額はだいたいの予想通りであったのですが、当然ながらマンションの場合は管理費や修繕積立費なんかも考慮しなければなりません。

特にラ○オン○マンションの管理費や積立費は普通のマンションよりも割高であり、住宅ローンの他に約4万円の出費は痛いです。

頭金を入れれば住宅ローン自体は6万円台になりますが、それでも月の支払い額は10万超えになります。

 

結局、いまいちふんぎりがつかずに保留。

部屋は綺麗で文句はなかったのですが、低層階であることと角部屋でないこと、何よりもう少しいろいろ見てみたい事を営業マンに伝え、後日の約束をしました。

 

住宅購入に向けて初めて具体的に動いたことによって、必要なことが少しづつ見えてきました。

まず大切なのは、物件の条件をよりはっきりさせること。

家に帰り、さっそくマンションのメリットは何なのかを夫婦で話し合い、結論を出します。

物件の条件としては、駅近で築5年程度、3LDKもしくは4LDKで南向き高層階(7階以上)、角部屋。

マンションであるならば、利便性と快適さを求めることが購入する条件であると話し合い、月々の支払額については、やはり8万円前後(一目惚れするならばそれ以上でも可能)を目指していきたいと思い次回に進みました。

 

 

分譲住宅購入記3 中古マンションD不動産物件3

 

営業マンに希望する条件を伝えておいたため、該当する物件が見つかり紹介してもらうことになりました。

物件の条件としては、
駅近で築5年程度、3LDKもしくは4LDKで南向き高層階(7階以上)、角部屋。月の支払額が8~10万円に収まれば理想。

 

まず見学に連れて行かれたのは、築年は7年ですが4LDKで9階角部屋。
床面積が96m2あるために部屋全体にゆとりがあり、大きな窓からは名古屋の夜景が楽しめます。

まさしく理想的な物件なのですが、当然ながら販売価格は高く、月支払の総額は13万との事。

営業マンとしては自信ありの物件なので支払額が少々超えても良いと思ったのでしょうが、理想の物件と現実の生活を天秤にかけると生活の方が重いです。

月の支払いが13万円というのは、現時点で生活費がトントンに近い状態になる金額であり、子どもがある程度成長し、習い事や塾に行くと生活のために必ず共働きをしなければならなくなる金額です。

私がもう少し若ければ勢いで購入してしまいそうな物件でしたが、ここはキッパリと断りました。

 

続いて見学に連れて行かれたのは築年は10年、3LDKで9階角部屋。

築年数のわりには綺麗で部屋からの景色も良い、駅からも近く利便性は抜群。

ですが床面積が60m2と狭く、家全体が窮屈なイメージ。
どちらかというと賃貸マンションに近い感じ。

価格は1880万円と割安で、支払額の条件にはピッタリです。

 

私も妻も早く物件を決めたいのですが、やはり狭さが気になり断りました。

なかなか希望通りの物件が見つからず、探してくれた営業マンにも申し訳なかったのですが、一生に一度の買い物なので情に流されて購入するわけにもいかず、このあとも条件に合う物件が見つからずにD不動産との関係が終わりました。

 

分譲住宅購入記4 中古マンションT不動産物件

D不動産との関係が終わってからすぐ、T不動産で条件に見合う物件を発見しました。
駅近の物件で築年数も5年、10階建の10階で4LDKの角部屋。

条件としては充分な物件です。

 

すぐさま現場案内をしてもらったのですが、残念なことに先にD不動産の物件を見たため、D不動産よりも大衆向けの物件を販売しているT不動産の物件はエントランスから部屋の作り、外観にまですべてが劣って見えてしまいました。

また、価格帯が影響しているのか、ゴミ捨て場やエレベーター、駐輪場などから少しイヤな雰囲気を感じました。

価格的にも、高層階の角部屋でこれ以上の物件はないと思いましたが、どうしてもピンと来ないため契約できません。

 

この時点で住宅購入の意欲がどんどん消えていったのですが、営業マンがふとこぼした「郊外の分譲住宅」という選択肢を知り、いよいよ一戸建て購入へとシフトチェンジしていきます。

 

分譲住宅購入記5 新築一戸建 T不動産物件

今まで、郊外に住むということを考えたことがなかったため、一戸建てを購入することが考えられなかったのですが、よくよく考えてみると私たちにとっては郊外の一戸建ての方が良いと思い、中古マンションから一戸建て購入に切り替えました。

まず、最初に目についたのがギリギリ名古屋市内の一戸建て分譲住宅でした。

いわゆる建売住宅で、新築の分譲住宅として4軒販売された物件のうちの1軒が売れ残り、売りさばくためにお値打ち価格で広告に出されていました。

売り出し価格は3280万円、4LDKで車は2台駐車可能です。

 

部屋の中に入ると全ての部屋に窓がついていて、とにかく明るい。

いままでマンションばかり見てきたためとても新鮮で一戸建ての魅力を感じました。
設備も最新で風呂も広くて明るい、全てが完璧に思えました。

私も妻も納得し、即座に購入の意思を担当者に伝えます。

後日不動産屋の店舗に出向き、契約書にサイン、手付金を支払い住宅ローンの仮審査を申請しました。

 

今思えば決断が早すぎというか無謀だったと思います。
初めての一戸建て住宅に興奮しすぎたのでしょうか。

 

3000万円の借り入れ希望で月々の返済は約100,000円。

少し重たい金額ですがギリギリのラインと思って申請。

援助や貯金の500万円は、頭金に300万円、仲介手数料に100万円、経費に100万円を予定します。

 

さっそく仮審査が通ったとの連絡を受け、本審査に移ります。

基本的に仮審査は信用情報などに問題がないかを審査し、本審査では年収や物件価格を考慮し、最終的な金額を算出するようです。

そして本審査の結果は、35年ローンで2700万円の融資。どうしても300万円足りません。

私の場合、普通の会社員ではなく親族会社の役員扱いという、住宅ローンには不利な条件であったために融資金額が抑えられたとの事。

 

少し気落ちしている中、不動産屋とのちょっとしたバトルが始まりました。

不動産屋は最初の段階で私の収入と妻の収入を合算してローン申請すれば物件価格の100%(3300万円)審査が通ると勧めてきました。

手持ちのお金を考えるとその方が気分的に楽なのですが、返済額や金利、将来のことを考慮すると払えるときにまとめて支払ったほうが良いと考え300万円を頭金にしました。

ところが審査の結果は2700万円の融資。これは物件の評価額や私たちの収入、属性によって判断されたのだから仕方ありません。
そのことについて不動産屋を責めるのは筋違いです。

 

しかし、この結果が出たときに不動産屋の回答は、「足りない金額分はオートローンなどで借りれば大丈夫です。こんなにお値打ち物件はもうないので、がんばれば購入できます。」との事。

まあ、おっしゃるとおりなのですが、私たちは少し怖くなってしまいローン特約を行使して契約破棄を迫りました。

当然ながら不動産屋は少し抵抗し、結局は契約破棄→手付金返還の流れとなったのですが、売りさばきたいばかりの不動産屋の態度に唖然とし、こんな仕事に対して約100万もの仲介手数料を支払うのはもったいないなあと感じました。

嫌な思いをしましたが、金融機関との折衝さえできれば不動産屋に支払う仲介手数料が必要なくなることを覚え、次の物件探しに移りました。

 

 

分譲住宅購入記6 新築一戸建 Iパワービルダー物件

 

不動産屋への仲介手数料がもったいないと感じたために、直接購入できる物件を中心に探したところ、私の実家と妻の実家の中間点に良さそうな物件が出てきました。

 

名古屋市に隣接する小さな市、田んぼ一反に私道をつけて6棟並びにした南向き物件。

4LDKで駐車は3台可能、目の前に建物が建つことがないため、日当たりが保証されており、価格も3080万。

 

ここはまだ建築途中でしたが、部屋の間取りと類似物件を内覧し納得したため、またまた電光石火の契約。

その後、前回と同じ金融機関に出向き、契約書類などから審査してもらったところ、2600万の融資が可能との事。

仲介手数料が不要で、諸費用が100万で済みそうなので、確実に購入できます。

 

結局、住宅購入を思いたってから半年足らず、実際に物件を見始めてから約3ヶ月程度での住宅購入となりました。

物件を探し出してすぐに妻の妊娠が発覚し、なんとか赤ちゃんが生まれるまでには引っ越したいと思っていたため、いい家が早く見つかって良かったと喜んでいました。

建売の分譲住宅なので、特に難しいことは何もなく、契約→融資実行の流れで一ヶ月ほどで引渡しになり、いよいよマイホームでの暮らしが始まりました。

 

ところがこの物件、思わぬ所にたくさんの落とし穴があり、私たちは住み始めて2年を過ぎたころには引越しを考えるようになります。

最初は本当に良かったのです。6棟並びで、周りの年齢も近くて。それこそ皆で私道でバーべキューをしたり、お互いの家を行き来しあったりと。




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